ダイナミックケイパビリティとは?製造業における重要性やDXとの関係
最終更新日:2023/11/10
「ダイナミックケイパビリティ」とは、急速に変化する環境や状況に応じて自己を変革していく企業の能力を指し、近年では特に製造業において重要性が高まっています。ただ、この記事をお読みの皆様の中には、何となく意味は知っているけど背景にある理論や事例までは知らない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで本記事では、「ダイナミックケイパビリティ」の意味や製造業で重要視されている理由、DXとの関連性や具体的な事例、課題、デジタルマーケティングとの関係性について、知識ゼロの方でもわかりやすく解説します。
目次
ダイナミックケイパビリティとは?
「ダイナミックケイパビリティ」は、急速に変化する状況・環境に応じて自己を変革していく企業の能力を意味し、「企業変革力」とも呼ばれます。
いくら企業が豊かな固有資源を持ち、それらを利用することができたとしても、状況や環境の変化に応じられなければ不適合なものとなり、企業の弱みや硬直性を招いてしまいます。
そこで重要となるのが、自社が保有する人・モノ・情報・時間などの固有資源や強みを適切に組み合わせながら変化に対応していき、持続的な競争力の持続を目指す戦略経営論の「ダイナミックケイパビリティ」です。
状況・環境の変化が激しく未来予測が困難な近年では、「ダイナミックケイパビリティ」は急速に変動する市場を生き抜くための経営論として非常に注目を集めています。
また、混同されがちな言葉に「オーディナリーケイパビリティ」という言葉があるので、次章で両者の違いについて説明します。
ダイナミックケイパビリティとオーディナリーケイパビリティの違い
ダイナミックケイパビリティをより明確にしていくために、混同されやすい「オーディナリーケイパビリティ」との違いについて理解しましょう。
「オーディナリーケイパビリティ」は自社の固有リソースをより効率的に活用して、利益の最大化を図る能力を指します。自社の資源利用の効率化という内部環境への対応が最重要視され、外部環境の変化に対する視点が欠如している点がダイナミックケイパビリティとのはっきりした違いです。
オーディナリー・ケイパビリティは、労働生産性や在庫回転率のように、特定の作業要件に関して測定できます。資源の効率化とそれによる利益の最大化を目指す「オーディナリーケイパビリティ」は、企業にとって根本的に重要であることに変わりはありませんが、オーディナリー・ケイパビリティだけでは外部の変化に適応ができず、市場において競争力を持続していくことは困難です。
ニーズが環境が激しく変化する現代において、外部環境に対応するという視点も盛り込まれた「ダイナミックケイパビリティ」こそが、時代が求める戦略経営論として注目されています。
ダイナミックケイパビリティの背景となる2つの理論
「ダイナミックケイパビリティ」という考え方が誕生する背景には「競争戦略論」と「資源ベース理論」という2つの理論があります。より深く理解するためにそれぞれの理論についてみていきましょう。
競争戦略論
「競争戦略論」は、企業が自社を置く市場を分析して、競争優位性を確立するために誕生した理論です。戦略経営論の出発点となった理論とされています。
本理論は業界の状況や市場が企業の戦略・業績を決定するという考えにもとづいているのが特徴で、企業は自社の競争優位性を確立するために、「新規参集企業/既存競合他社/買い手/売り手/代替品」などの市場の競争要因を明らかにする必要があります。
しかし多くの実証研究から、同じ業界内でも異なる経営戦略で成功を実現している企業が存在していることが明らかになり、本理論の限界や脆弱さが批判されるようになりました。この批判を受けて誕生したのが、次に紹介する資源ベース理論です。
資源ベース理論
「資源ベース理論」は、業界の状況や市場ではなく、企業が保持する固有の資源こそが企業の戦略行動や業績を決定するという理論です。企業が保有する資源によって競争力の違いが生まれるということを意味します。
本理論は企業が保有する経営資源が、市場における持続的な競争優位性の確立に強く影響していることを表しており、後に自社の固有資源を利用する能力=「ケイパビリティ」が競争力において重要であるという考えにつながっていきました。
しかしいくら企業の固有資源が豊かでも、変化する環境や状況に対応できなければ不適合なものとなってしまい、企業の弱みへと転じてしまうという批判が上がりました。
このような背景から、最適な経営戦略の実現のために「競争戦略論」と「資源ベース理論」の2つの理論を組み合わせた「ダイナミックケイパビリティ」が誕生したのです。
製造業においてダイナミックケイパビリティが重要な理由
ではなぜ「ダイナミックケイパビリティ」が製造業において重要なのでしょうか?
製造業における変化への対応力の重要性は以前から求められていましたが、コロナ禍において製造業では自動車産業をはじめとする多くの企業が長期にわたる操業停止に追い込まれ、その重要性はより顕著になりました。
他にもグローバル化などの様々な要因が絡み合うなど、長期的な経営戦略が立てづらい状況が続いており、柔軟に対応できるダイナミックケイパビリティの重要性はますます高まっているのです。
また、経済産業省が2020年5月に公表した「2020年版ものづくり白書」では、激変する環境における「ダイナミック・ケイパビリティ」の重要性が示されており、製造業における同理論がさらに重要視されるきっかけとなりました。
さらに、政治経済における不確実性の高まりや、企業に大きな関わりのある技術革新、働き方改革やニーズの変容など、予測不可能な様々な出来事が次々と起きており、これまで以上に臨機応変に対応できる柔軟さと自己変革能力の必要性が叫ばれているのです。
ダイナミックケイパビリティを構成する3つの要素
「ダイナミック・ケイパビリティ」には3つの構成要素があります。それぞれの要素について詳しくみていきましょう。
感知(センシング):脅威や危機を感知する能力
1つ目の要素である「感知(センシング)」は、「環境・状況の変化/社会情勢/顧客ニーズの把握/同業他社の動向」など、自社を取り巻く脅威や危機をいち早く感知する能力です。経営環境の変化を的確に把握・分析して自社の置かれている状況を理解することは、「ダイナミック・ケイパビリティ」において必要不可欠な要素といえます。
捕捉(シージング):機会を捉え、既存の資産・知識・技術を再構成して競争力を獲得する能力
2つ目の要素「捕捉(シージング)」は、企業が保有する経営資源を状況に応じて再構成・再利用して競争力を獲得する能力を指します。
1つ目の要素で変革すべき機会を感知できたら、「捕捉(シージング)」によって最適な変革を見極め、自社が保有する固有資源の再構成が必要です。市場における自社の競争力を高めるためには欠かせません。
変容(トランスフォーミング):競争力を持続的なものにするために、組織全体を刷新し、変容する能力
3つ目の要素「変容(トランスフォーミング)」は、企業が持続的な競争優位性を確立するために、固有の資源を再構築・変容させる能力です。
「感知(センシング)」で経営環境の変化を感知し、「捕捉(シージング)」で資産を再構築したら、それを自社全体に浸透させて組織を刷新し、実際に「変容(トランスフォーミング)」をおこなっていきます。
外部環境に応じて自社を迅速に変革していくことで、持続的な競争優位性の確立を図る「ダイナミックケイパビリティ」を確立できるのです。
ダイナミック・ケイパビリティにおいて優位な「柔軟な組織」
高いダイナミック・ケイパビリティを持つ組織は「柔軟な組織」であると考えられており、以下の4つの特徴があると考えられています。
①職務権限を職務や地位に帰属させて、そこに人間を割り振る
②職務権限があいまいに規定されている
③メンバーが特定の職務権限を保有する期間が短い
④職務権限の配分が私的に正当化されている(メンバーがもつ公的資格に合わせて組織内の職務権限が配分されない)
「柔軟な組織」ではもともと職務権限が曖昧であるため、組織の変革に伴って生じるコストが小さいという特徴があり、ダイナミックケイパビリティに必要な変革を行いやすいという傾向があります。新しい技術や生産システムなどを導入しやすいのもポイントです。
対して高いオーディナリー・ケイパビリティを持つ「堅固な組織」は、各メンバーの職務権限が明確に帰属されるため効率性を追求できるうえ、高い成果を期待できるという傾向にあります。「柔軟な組織」にはそのオーディナリー・ケイパビリティの要素が低くなりやすく、能力の低いメンバーが温存されやすいという弱点があることを理解しておくと良いでしょう。
また製造業における調査(※)によると、企業の固有資源が少ない中小企業の方が、大企業より高い不確実性や大きな変動リスクにさらされていることがわかっており、職務権限を柔軟に帰属できる「柔軟な組織」を目指すことで、中小企業は高いダイナミック・ケイパビリティを維持しようとする傾向にあります。
(※)三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)「我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査」(2019年12月)
ダイナミックケイパビリティとDXの関連性
では具体的に、ダイナミックケイパビリティを保有した組織はどのようなことに取り組んでいるのでしょうか?重要なキーワードの1つが「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。
業務のデジタル化を行うことで効率アップやコスト削減などを目指すDXは、ダイナミックケイパビリティと強く結びついています。2020年に公表された「ものづくり白書」では、ダイナミックケイパビリティを向上させるためにDXが必要不可欠であることが指摘されています。
DXを推進することで、ダイナミックケイパビリティを構成する3つの要素(感知・捕捉・変容)を向上することが可能です。
たとえば、DXの推進によってリアルタイムで経営情報を収集・分析できる体制を構築すれば、市場やニーズの変化をいち早く「感知」でき、より迅速に対応策を考える「捕捉」を行うことができます。自社組織や企業方針を「変容」する際にもデジタル技術の活用は非常に効果的で、DXの推進は高いダイナミック・ケイパビリティの実現と切っても切り離せない関係と言えるでしょう。
また最近では製造業DXにも注目が集まっています。この2つは今後もセットで捉えていくと、本質的な変革を起こしていけるかもしれません。
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ダイナミックケイパビリティの事例
注目を集めるダイナミックケイパビリティはすでに様々な企業で推進されています。以下では「富士フイルムホールディングス(株)」及び「ダイキン工業(株)」の事例について紹介します。
富士フイルムホールディングス(株)
富士フイルムホールディングス(株)は、2000年代まで写真用フイルムを主力ビジネスとして事業を展開してきましたが、カラーフィルム需要の急減に対応して大きく事業構造を展開し、既存事業に固執することなく、自らデジタルカメラを開発するなど新たな市場を開拓してきました。
具体的にはマーケットの未来予測、及びM&Aなど事業への投資を実行した後、カメラだけでなく、医薬品・再生医療・化粧品など他分野への積極的な参入を行いました。現在は主力事業をヘルスケアとして発展させ続けています。
時代の移り変わりや変化をいち早く察知し、自社の内部だけでなく外部環境にも柔軟に対応し続けてきた同社は、「変化に素早く対応する」「変化を予測し先手を打つ」「自ら変化を作り出す」ことを実践し続けて今に至ります。高いダイナミック・ケイパビリティを実現している好例と言えるでしょう。
ダイキン工業(株)
ダイキン工業(株)は空調製品を主力としていますが、天候や季節、景気などによる需要変動が大きく、ライフスタイルや住宅事情などの国・地域ごとの特性にも大きく左右される点が課題でした。
そこで同社は「市場最寄化戦略」を実践して、できるだけ作り置きせずに需要変動に対応できるグローバル生産体制の構築を図りました。
この取り組みでは日本の生産技術開発によって生産ラインを構成する要素をモジュール化し、地域ニーズの違いや生産量の変化など、外部環境の変化に素早く対応できる生産ラインを構築しています。
柔軟なグローバル生産体制を構築することでより迅速な市場参入を実現した同社は、高いダイナミック・ケイパビリティを発揮して実力を伸ばしている良い例です。
ダイナミックケイパビリティ推進時の課題
ダイナミックケイパビリティを推進する際には、解消しなければならない課題も残っています。しっかりと理解した上でダイナミックケイパビリティに取り組みましょう。
経営層の能力に委ねられている
1つ目の課題は、高いダイナミック・ケイパビリティの実現は経営層の能力に委ねられている点です。
不確実性に満ち、長期の経営戦略が立てづらい現代において、経営層は外部・内部の環境を的確に把握し、継続的に競争優位性を確保できる経営戦略を考える必要があります。
将来を見据え、過去に執着しない根本的な改革を実行できる経営者の存在がなければ、ダイナミックケイパビリティの実現は難しいといえるでしょう。
限られた経営資源
ダイナミック・ケイパビリティは、企業の固有資源を活用して外部環境に対応できる組織に変容する能力が求められますが、その資源は限られており、不足するケースも十分に考えられます。
例えば、現在あらゆる業界で人材不足が深刻化している日本においては「ヒト」という経営資源を確保するのは困難です。限られた資源を組み合わせてダイナミック・ケイパビリティを向上するのは容易ではなく、これも現在の大きな課題のひとつといえます。
ダイナミックケイパビリティに対応できる人材確保
高いダイナミック・ケイパビリティを実現・維持するには、対応できる優秀な人材を確保する必要がありますが、人材不足の深刻化もあって非常に難しいといえます。
また現在はダイナミック・ケイパビリティ推進の黎明期にあるため、人材教育のノウハウが出回っておらず、人材の育成も困難を極めます。人材の確保及びダイナミックケイパビリティに対応できる適切な教育は、乗り越えなければならない大きな課題です。
外部環境を把握する困難さ
急激に変化する経営環境において、時代の流れやニーズなどの外部環境を的確に把握するのは非常に難しいといえます。いくら情報を集めても市場の動向を適切に読み取れず、経営戦略の設計に苦労する企業は多くいます。
グローバル化や政治情勢など、様々な要因が複雑に絡み合って先が見通せないという状況は今後も続いていくでしょう。そんな中で時代のニーズや市場動向を的確に把握・分析できれば、より高いダイナミックケイパビリティを実現し、競合他社よりも優位なポジションを獲得できるはずです。
デジタルマーケティングにも必須なダイナミックケイパビリティ
弊社(クラウドサーカス)では10年以上前からBtoB製造業の企業様を中心にデジタルマーケティング支援を行っていますが、製造業の営業・マーケティング分野においても「ダイナミックケイパビリティ」がますます重要になっています。一昔前には、決まった取引先や商流のレーンの中で営業活動やPRを実施すれば成り立っていたビジネスが、デジタルの活用や海外製品の台頭によってそうも言えない状況になっているからです。
最新のデジタルを取り入れた営業・マーケティング組織に必要な要素は、ダイナミックケイパビリティを構成するものとよく似ています。「感知(センシング)」で市場環境の変化を感知し、「捕捉(シージング)」で営業組織やマーケティング戦略を再構築したら、それを自社全体に浸透させて「変容(トランスフォーミング)」をおこなっていきます。
例えばこれまで既存顧客へのルート営業をしていた人が従来の手法だけでは右肩下がりになってしまうことに気づき、新規開拓にも取り組んでいくとします。ですが、これまでの組織の決まりやしきたりに引っ張られていて、なかなか新規の営業先や見込み発掘が行われないと、いつまで経っても組織変革はおきません。
こういった変化に対応するために、自社を変革して時代に適応していく能力が問われていきます。従来の営業手法を見直しデジタルデータに基づいた活動を行ったり、オンラインからの引き合いを増やして新規の開拓をしたりするなど、これまで取り組んでこなかった施策をゴリゴリと進めていく必要があります。
また、デジタルマーケティング業界はドッグイヤーと例えられるほど変化が早く、数年前の知識がすでに古くなっている、といったことも起きかねません。そのため、常に学び続ける姿勢やリスキリングなどが求められるようになっています。
製造業におけるダイナミックケイパビリティでは上流や生産工程の話になりがちですが、中流以降の営業・マーケティング活動も例外ではありません。ぜひ後回しにせず取り組んでみてください。
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まとめ
今回は、「ダイナミックケイパビリティ」について、その意味や重要視される理由、DXとの関連性や具体的な事例、推進時の課題など網羅的に紹介しました。
市場で競争優位性を確保し続けるには必須となる「ダイナミックケイパビリティ」の重要性は、今後さらに高まっていくと考えられています。
まずはダイナミックケイパビリティの実現に必須とされるDXを推進するところからはじめ、3つの構成要素(感知・捕捉・変容)をバランス良く向上させていきましょう。市場や将来の予測がより困難になる今後に向けて、ダイナミックケイパビリティを取り入れることは自社にとって必ず良い影響をもたらすでしょう。
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2006年よりWeb制作事業を展開し、これまでBtoB企業を中心に2,300社以上のデジタルマーケティング支援をしてきたクラウドサーカス株式会社のメディア編集部。53,000以上のユーザーを抱える「Cloud CIRCUS」も保有し、そこから得たデータを元にマーケティング活動も行う。SEOやMAツールをはじめとするWebマーケティングのコンサルティングが得意。
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